Boudoir de BdT

#046 Yves Saint Laurent Leopard Bag




ヒョウ柄には不思議な魅力がある


賛否両論あるとは思うが

やはりリアルファーの魅力は

なにものにも代えがたい


ある時

私の持っているヒョウ柄を

よくよく見ていると

輪の中に黒い斑点があることに気づいた


かといって

斑点がないものもある


気になって調べてみると

斑点のある柄は

豹ではなくジャガーのものらしい


それまで自分が

ヒョウ柄だと信じていたものは

豹ではなかった


私にとってのヒョウ柄は

動物の豹と

イコールでいてイコールではなく

ストライプやチェックと同じ括り


そしてこの時ようやく

ヒョウ柄の違いは

柄ではなく動物の種類が違う

ということを知ったのだった


大学へ入るための勉強より

日常の疑問を解決できる勉強こそ

必要だったと痛感した頃には

あとの祭りである


あるパリの出張時

何気なく立ち寄ったサンローランの

SALEと書かれた店内に

存在感のある小さなジャガーが佇んでいた


小さな財布に携帯

ハンカチでも入れればほぼ満杯になる

バケツ型のバッグ


セールで出会えたことが奇跡だと浮かれ

すぐさま連れて帰ってきた


私にとってこのサイズは

この上なく使いやすく

パリから

ロンドンやアントワープへの日帰り旅行も

このバッグひとつで十分なほど


パスポートも飛び出そうなほどの小さなバッグに

入国審査官には

ショッピングでしょ?

とニコニコされ

荷物検査のベルトコンベア上では

バッグが倒れ中身が全て放り出されるなど

ご愛嬌も多い


久しぶりにばったり会った友人には

なにそれ?

荷物それだけ?!

と笑われたことを覚えている


セールでの奇跡的な出会いだと思っていたが

そうでもなかったらしい


使い勝手の良し悪しは

人それぞれ


物や服は

見た目から選ぶことが殆どだろう

そして実際

付き合っていくとどうなのか?


相性も含め

人との付き合い方に似ている


見た目も中身も好ましい

そんなものに出会えたら

生涯手放せなくなるのは当然のことだろう


これからどんな出会いが待っているのか

一期一会を大切にしていきたい


h.

#045 Tiffany & Co. Pin Cushion




寒くなってくると

裁縫まがいなことがしたくなる


ものすごく好きなわけでも

得意なわけでもない


子どもの頃

母の持っていた裁縫箱に

憧れていた


母が嫁ぐ頃は

裁縫箱も

花嫁道具のひとつだったのだろう


子どもが抱えるには少々大きな

昔ながらの木製の裁縫箱


両開きの蓋を開けると

重なっていた三段の箱が

左右に広がっていく


色とりどりのミシン糸や

裁縫道具の数々


ハサミや針は危ないから

と言われながらも

こっそり宝箱を開けるような気持ちで

用もないのに眺めていた


10年ほど前

アンティークショップで見つけた

ただならぬ佇まいのピンクッション

底にはTiffany&Co.と刻印されていた


ヨーヨーなど

遊び心あるアイテムを

本気の銀製品として世に出してきた

Tiffany社


以前は

裁縫道具も作っていたらしい


裁縫道具は

昔の人々にとって

より身近なものだったのだろう


そのTiffany社のピンクッションを

心して連れて帰ってきた


しかし

シルクらしきピンクッション部分は

色焼けし

生地も劣化している


針の差し具合も

お世辞にも心地よいとは言えない


ピンクッションを外すと

針と糸が入る程度の小物入れになっている


そのシルバーの受け皿も

やや変形し

スムーズに開閉できない


気難しいお爺さんと接しているかのように

ご機嫌を伺いながら付き合っている


せわしない日々に追われ

呼吸ひとつ満足に出来ていないことに

はっと気付かされることがある


便利で使いやすい物は有り難いが

事がスムーズに運び過ぎる


少し手の掛かるものを

身の回りに置いておくと

作業の流れが一瞬止まる


舌打ちでもしそうになれば

何にそんなに追われているんだと

気難しい物たちに

鼻で笑われているような気分になる


気がつけばもう12月

年末近くなると

一年の過ぎ行く速さを振り返ると共に

変わらず過ごせたことに感謝する


そして次の年末も

同じような会話が繰り返され


「来年こそは

もう少しゆっくりと日々を大切に・・」


これまた毎年恒例

年末のお約束を心に誓うのである


一年の締めくくりに

平穏な日々に感謝し

新年もまた

同じようにと願えることこそ

幸せの証拠なのかもしれない


h.

#044 Hermès Leather Agenda Notebook




小学生の頃

担任が愛用していた手帳に憧れていた


真っ黒のレザーにA5サイズほどの大きさ

今思えば

いわゆるビジネス手帳


事あるごとにそれを開いては

確認したり

書き込んだり


そんな姿に憧れ

私もオトナになったら

かっこいい手帳を持たなければと

密かに鼻息を荒くしていた


まず中学生の頃に選ぶ手帳なんて

可愛らしいもので

中身だって

シールを貼ったり色ペンを使ったり

開けば

色とりどりのカラフルなものだった


その後

自分のキャラクターに

薄っすら気づき始めた頃から

無印良品の手帳を使うようになった


社会人なりたての頃

確か

Pen か BRUTUS

男性に向けた手帳特集の雑誌を手にとった


パラパラめくっていると

私物紹介のページで手が止まった


写真越しでも伝わってくる貫禄

手帳の内側にはイニシャルが刻印され

「長年愛用しています」

という内容が全て詰まった

エルメスの手帳だった


顔の載っていないその持ち主は

どうイメージしたって

仕事の出来る紳士に違いない


残念ながら

当時の私には

まだエルメスの手帳は不釣り合いだということを

受け入れざるをえなかった


「いつか欲しいもの」


誰の中にでもあるだろう

何かの瞬間

発作が起きたように欲しくなるものの

手に入れられなくても

きっと一生困らない


私にとってエルメスの手帳も

そんな位置付けだったのだと思う


それでも

掴みたいものは

夢だけでなく

たとえエルメスだろうと

口に出しておくもので

ある節目の誕生日

私の元へ念願のエルメスがやってきた


おっさん仕様のかさばる手帳に憧れていた私は

手元にやってきた上品なサイズの手帳に

若干の物足りなさを感じていた


独立してからというもの

ミーティングだの

来客だの

いちいち手帳に書き込むほど

1日のスケジュールが把握出来ないことはない


さらには

一週間先の予定を入れるのも苦痛な私に

本来手帳なんて

必要なかったりもする


しかし

そんな私ですら

エルメスの滑らかなレザーには

つい手を伸ばしてしまうのである


そしてまた

エルメスがそれ見たことかと

あざ笑っているかのように

上品なサイズの手帳が使いやすいことも

実感していた


こうして他力によって

憧れの手帳を手に入れたわけだが

憧れた先生やイメージした紳士のように

それを使っている人間が

中身からかっこいいオトナか

という点については

大きな課題である


果たして

なりたい人間像というのは

見た目から入って

内容的な効果は得られるのだろうか


私はこの手帳を

2cm弱の輪ゴムでまとめている


友人は

エルメスに輪ゴム・・と呆れ顔だが

今のところこれがしっくりきている


そのうち

イニシャルを入れ

長年の愛用品だと胸を張って言える頃

共に年齢を重ねた私は

人様にどう映っているのだろうか


何を使うかではなく

誰が使うか

本質はそこにある


h.

#043 Maison Margiera Tabi Gloves




実用的か

趣向的か


目的にも寄るだろうが

多くのものを選ぶ時

私は後者を優先する


特に服や身に付けるもの

バッグなども含め

機能性は第一の検討材料なはず


でも気に入ったモノならば

モノに自分が合わせればいい

そんなスタンスでモノを選んできた


この足袋グローブも

形の面白さから入ったわけだけど

当初は商品名通り

足袋からインスピレーションを得たのだと

思い込んでいた


しかし

このデザインソースは

米軍のトリガーミトンたるものだろう


寒冷地帯で

グローブをしたまま銃のトリガーを引けるよう

親指と人差し指を独立させたもの


本来この形は実用的だったのだ


使う時代 場所 人 用途

同じモノでも

条件が違えば

実用的にも趣向的にも変化する


ファッションの面白さは

こういう視点の角度を変えた時に

見えてくるのではないだろうか


実際は命を賭けた重要な道具だったのに

ファッション的視点では

お洒落アイテムになってしまう


そもそも私は

銃のトリガーも引かないし

現代の日常生活で

このグローブは使いやすいのかと問われると

言葉を濁す以外ない


そして

ロンググローブって

外した時に寒いことをご存知だろうか


半袖ニットとロンググローブ

以前の記事でも書いた

お洒落に違いない組み合わせ


グローブを外せば

当然半袖になるわけで

それがまた寒空の下だったりした日には

隣にいる友人が

「大丈夫?寒くない?」

と心配して声をかけてくれる

そこでもちろん間髪入れずに

「うん!大丈夫!」

と即答する


絵に描いたような

やせ我慢である


「お洒落は我慢」

果たしてそうだろうか


第三者には

我慢をしているように見えるファッションも

その当人は

心底お洒落を楽しんでいるだけ

なのではないだろうか


そう

我慢にも値しないほど

不便を感じていないのではないだろうか

と思うのである


確かに

ロンググローブを外せば寒いし

それを寒い寒いと容易く口にしたくない

自分なりの流儀もあるし

いろんな意味でやせ我慢をしているのだけれど

それも込みで

ファッションを楽しんでいる


人生一回

その年齢のその季節は

一度しかやってこない


ならば尚更

どんどん

やせ我慢をしたいと思うのである


h.

#042 Firo Bianco Uno Royal Baby Alpaca Top




服好きには

布好きが多い


肌触りの良いものは

赤ちゃんだって

動物だって

みんな大好き


私のクローゼットには黒が多い

広げるのが面倒で

畳んであるまま

お目当の服を選ぶ時には

目をつむり

手の感触のみで探す


そうすることで

視覚の余計な情報に惑わされず

すんなり見つかるのだ


想像以上に

我々の触覚は優れている


肌に近い服を選ぶ時の基準は

まず肌触りではないだろうか


ありそうでない

自分自身の「定番カットソー」

少なくとも私は

これまで出会えなかった


定番だと思っていても

次のシーズンにその型が作られなかったり

自分の思うように定番とはいかず

もう一枚欲しかったな・・

という思いだけを残して

次の定番探しの旅に出ることになる


数年前のある日

キャリーバッグを持った

営業マンらしき男性が店にやってきた


いつもなら

キャリーバッグを開けることなく

丁重にお引取りいただくのだが

なぜかその日は受け入れることにした


そのわりに

中身への期待値は

とても低かったことを記憶している


しかし

その中から丁寧に取り出された

コットンのカットソーに

思わず言葉を失い

その素材と肌触りに静かに興奮した


気品すら感じる凛としたカットソーに対し

白髪混じりの気さくなデザイナー

更には

行商のようなスタイル


すべて違和感のある組み合わせに

良い意味で期待を裏切られたのが

FIROとの出会いだった


コットンだけでなく

ウールやカシミアなど

のちに紹介される素材は

どれをとっても素晴らしいものだった


FIROのカットソー(素材)は

どこか優しさを感じる


アルパカも

ニットではおなじみの素材だが

チクチクして苦手という方は少なくない


ところが

FIROのアルパカのカットソー

正式には

ロイヤルベビーアルパカ100%のカットソー


この仰々しい素材名を明記しているだけあり

チクリともしない

多くの方から愛される肌触りと保温性


常に真摯に

そして研究者のように

糸一本から素材作りに向き合っているからこそ

出来上がるFIROのカットソー


プラスしていくのもデザインだが

究極にマイナスされたデザインだからこそ

素材に対する大きな自信を感じられる


だからこそ私たちは

そこに信頼を置けるのではないだろうか


良いモノ

良いブランド


「良い」が意味することは

人それぞれだが

自分の感覚にリンクする「良い」と出会えた時

心の底から幸せだと思えるのである


たかが服されど服だけれど

本気で作られた服かどうかは

物づくりに関して素人な私でも

なんとなくわかる


真摯な服

私たちの見えないその背景は

壮大である


h.